「どうする家康」特別御城印が発売されました!

【令和6年1月6日追記】「どうする家康」特別デザインの御城印のうち、掛川城は完売となりました。(高天神城、横須賀城については在庫があります)

今年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の放映開始にあわせ、掛川三城物語御城印(掛川城、高天神城、横須賀城)の特別バージョンが、数量限定で販売中です❣

遠江地方のカラー鳥観図を背景に、徳川家康の三つ葉葵の御紋を金色であしらったデザインで、3枚並べると家康ゆかりの濱松(浜松)~駿府(静岡)が繋がります。
それぞれ1枚400円、3枚セットの場合1,000円です。

家康バージョンの特別御城印の販売は、掛川観光協会ビジターセンターのみとなっておりますのでご注意ください。

■販売・お問合せ先
掛川観光協会ビジターセンター「旅のスイッチ」
〒436-0029
掛川市南1-1-1 JR掛川駅構内
TEL 0537-24-8711 FAX 0537-24-8701

 

【掛川三城と徳川家康のかかわり】
◆掛川城
今川氏が遠江支配の拠点として築かせた城。武田に駿河を追われた今川氏真が掛川城に籠城すると、長期にわたる攻防の末に徳川家康が開城させ、対武田の防衛拠点としました。戦国大名としての今川氏はここに終焉を迎えます。
豊臣秀吉が天下を取ると、掛川城には山内一豊が入り城郭や城下町を整備。関ヶ原の戦いに向けて、一豊はいち早く家康に掛川城の明け渡しを申し出て功を立てました。

◆高天神城
徳川と武田が争奪戦を繰り広げた難攻不落の名城。今川氏滅亡後、家康の持ち城となっていたものを武田勝頼が開城させるも、横須賀城を拠点とし周囲を砦で固めた徳川家康が奪還。籠城戦の末に撃って出た武田軍は玉砕し、おびただしい戦死者が出たといいます。

◆横須賀城
徳川家康が高天神城奪還の起点として大須賀康高に築かせた平山城。当時の横須賀は海が迫り入り江になっていていたため、物資の運搬にも利点が高く、江戸時代になっても湊のある城下町として栄えました。自然石を積んだ「玉石積み」の石垣は必見。

 

 

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