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高天神城址

 高天神城は、小笠山から南東にのびる尾根の先端、標高132mの鶴翁山を中心に造られた山城です。東の田園地帯から南側の遠州灘まで見渡すことができ、小笠山の北を通る東海道を牽制できる立地条件にある重要な城であったため、徳川と武田が争奪戦を繰り広げました。
 眼下には、下小笠川など中小の河川が流れ、天然の堀を成し、尾根は三方が断崖絶壁、一方が尾根続きという天然の要害であり、「難攻不落の名城」と呼ばれ、「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた要衝です。
 高天神城の築城は、室町時代、今川氏が守護大名から戦国大名に成長する過程で築かれたとする説が有力であると言われています。
 今川氏の滅亡後徳川家康の持ち城となり、小笠原長忠が引き継ぎ城主となりました。
 1571年(元亀2年)、武田信玄では攻め落とせず、1574年(天正2年)、信玄の息子・勝頼が二万の大軍で攻め、ついに開城させました。しかし、織田・徳川連合軍に大敗した武田勝頼は、その後衰退。横須賀城を拠点とした家康が高天神城の奪還に成功しました。
 兵(つわもの)どもが夢の跡…。深い緑の影を落とす木々に覆われた城跡は、戦国のロマンを秘めながら静かに時を重ねています。
「高天神を制するものは遠州を制する」といわれた難攻不落の名城址
[料金目安]
無料
住所
〒437-1435 掛川市上土方嶺向3136

アクセス
車:東名掛川I.Cより車で15分
バス:掛川駅北口3番大東浜岡線「土方」下車。追手門駐車場まで徒歩15分。搦手門駐車場まで徒歩25分。

駐車場
北側に搦手門駐車場(大型バス可)。南側に追手門駐車場。無料。



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